デジタルエンタテイメント断片情報誌

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クラシック音楽・名曲を拘って楽しむ 第5回

クラシック音楽の演奏で、”お国もの”の演奏といえば、ある作曲家の曲を同じ国出身の演奏家・団体が演奏することである。クラシック音楽を聴き始めて以来、何かとこの”お国もの”という表現を見かけるが、その度に「で、肝心の演奏はどうなのよ?」と誰に言うでもなく問いかけている気がしてならない。もちろん音楽を楽しむ上で、作曲(家)の背景やエピソードは事前知識としてあっても良い。ただ音楽を聴くにつけ、どうも曲や演奏の好き嫌い・良し悪しよりも、それにまつわる”情報”や”記録”を殊更ありがたがっていることがないか、世間を訝しがりつつ、ときに自戒している。そこでこの、”お国もの”という表現が引っ掛かっているのだ。まあこれは音楽に限らないのだが。

この問題を解消するには視聴経験を地道に増やしていくしかないのかな⋯⋯そんなわけで、今回は”お国もの”演奏といえばこれ、スメタナの『わが祖国』の録音の話です。まあ少し”お国もの”からずらしてみましょう、という感じです。


何というか、小林研一郎指揮東京都交響楽団の演奏の凄さを今更思い知ってしまった。このクールでいて、ここぞという所での音楽の煌めきと咆哮。実演を久しく聴いていなかったが、こんなに良い演奏をしていたとは。もしかしたらこれが近年のコバケンの日常で、「もっと良い演奏の日があった」などと言われたら、ますます聴いていなかったことを後悔してしまいそうな演奏。オーケストラも弦が特に上手くて良い。一発撮りか編集のかはわからないが(大体、確認の術がそもそもない)、このクオリティで収録できるのなら、どちらでも結構。

実は話題になったエリシュカ指揮札幌交響楽団の演奏の感想を書くにあたって、「比較できそうな最近の録音も少しは聴いておかないとな」などと思ってコバケンの演奏を聴いたのだが、コバケンの演奏に打ちのめされてしまったのだ。まあ、嬉しい誤算だわな。

ちなみにエリシュカが札響を指揮した演奏については、重厚・滋味溢れるといった印象よりも、金管楽器を中心とした演出の巧さに感心した。『わが祖国』の演奏・録音評で何かと名前の出るアンチェル指揮チェコフィルの演奏を”クール”というのなら、エリシュカのほうはオケをよく鳴らし唄わせ、良い意味で派手さ・華やかさを押し出した演奏だった。私自身もエリシュカの演奏評に惑わされていたように思う。むしろ、アンチェルの流儀に近いものをコバケンの演奏に感じたので驚いたのだ。

あと、オケの状態はCDで聴く限り、都響の方が良いように思う。札響は残念だが弦の艶が少し淋しい。都響の弦の美しさを聴くにつけ、これがもし最新の録音技術でどうにかなるなら、どうにかしてもらいたいものだ。まあエリシュカはこの録音のあと、札響以外の客演でも見かけるようになったし、CDもポツポツ発売されてきているので、今後注目されてどうか、というところだろう⋯⋯と思ったらもう今年で最後になるのかな。そういえばコバケンも札響と『わが祖国』を演奏していたはずなので、ぜひ録音を⋯今はしないだろうな。商売としても。

Ma Vlast / Czech Suite / Symp 4 / My Home Overture

Ma Vlast / Czech Suite / Symp 4 / My Home Overture

チェコの指揮者とチェコ以外のオーケストラの組み合わせとしては、ペシェク指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルの演奏が素晴らしい。これが長らく私の愛聴盤。音楽から醸し出れる甘さと厳しさが絶妙で、聴いていてダレない。決して平坦にならず、奇を衒うような箇所もない。もっと聴かれてい良い演奏。

そうそう、演出の凄まじさでぜひとも聴いてもらいたい演奏が、アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団のDVD(Styriarte Festival Edition 0032011)。これは『わが祖国』に思い入れのある御仁にこそ、ぜひ聴いていもらいたい。「モルダウ」で初めて度肝を抜かれ、感動した。かつて単曲で名曲全集等々に収録されたときでも、ここまでやった演奏はないはず。これでアーノンクールに開眼する御仁がいてもおかしくない。実は私も、テヘヘ。遅まきながら、この演奏を聴いてアーノンクールを追悼したいと思います。

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